イスラエルとパレスチナ間の紛争

戦争と紛争は異なる、おおまかに言ってしまえば戦争とは国家間同士の問題になるが、紛争は民族意識のスレ違いなどから発展する。問題の大小、とは言い切れない部分もありますが、戦争と紛争ではその意味が大きく異なっている。現在のイスラエルを始めとした中東が引き起こしている争いは大体は紛争という枠組みにくくられている。それはイスラエルも例外ではなく、それも内情同士の問題が現代まで続いているのだ。

イスラエルとはユダヤ人を中心として出来た国であり、パレスチナはそんなイスラエルの中にあるアラブ人たちが自治権を有している場所となっている。同じ国だが、思想や民族などから問題の複雑性が見て取れるはずだ。そんなイスラエルとパレスチナの紛争は今に始まったことではなく、今も冷戦に近い状態で火種がいつ爆薬に化けてもおかしくない状況が継続している。

そんな中、昨年2014年にはイスラエル軍による、パレスチナ自治区ガゼ地区に対する大規模攻撃を行う侵攻作戦が展開された。侵攻目的として、武器の密輸やテロリストたちと精通している疑いがあるとして攻撃を行ったと言われていますが、中身はただただ逃げ惑う人々を無差別に虐殺するだけでしか無かった。紛争、そして戦争ではよくある光景だ。敵味方に関係なく、銃口の前に出てきた人間は見方となる印がない限りは徹底的に排除していくのが、ルールであり、鉄則であり、制約となっている。

イスラエル軍が行った行動はそれだ、そして紛争が起こる下に正義を翳して銃弾を打ち続けてたが、築かれる死体の山は戦う術を持たない非戦闘員だけだった。何の罪もない民間人を攻撃し、大義名分とかざした攻撃目的についても、理路整然としていない点を指摘されて国際社会から非難されますが、それで止まるイスラエルではない。

色々ある宗教

軍事産業という分野で

イスラエルのこうした攻撃姿勢は珍しい話ではない、そして今に始まったことでもない。そして彼らがどうしてここまで戦争や紛争を起こしてもいまだに国として活動できているのかを知るためには、その背後にいる国の存在に注目して欲しい。イスラエルが使用している武器、それはアメリカへと卸されているほどに軍事産業に特化した側面を持っているのです。これは現在のアメリカ軍の兵器がイスラエルで製造されているからだ。アメリカとしても軍事兵器の卸元として重宝しており、毎年多額の資金をイスラエルに援助しており、その大半は新兵器の開発費へと当てられている。

イスラエルは軍事兵器に用いられる、ミサイルのセンサーやロボット兵士のコンピュータ部品などの精密部品を製造する技術に優れているのです。その技術から中国とも密な関係を築いているなど、その技術は世界からも一目置かれている。軍事産業は表のメディアで報道されることは殆ど無い、情報も開示されることはないとまでいってもおかしくないでしょう。というのも、日本もあながち無関係とは言い切れないからだ。

というのも、日本の企業にも兵器開発に携わる研究に関わっているため、この産業から一歩遠ざかることは出来ず、ズブズブと深みにハマるところまで関係している。こう入っては何だが、非常に利回りが良いのです。下手なことをするより儲けが付く、戦いが始まればまるで湯水のように足りなくなるくらいの銃を始めとした兵器の使用が求められる。そしてこの侵攻には、イスラエルの意図があると考えられているのです。

見本市として

目的とは、この地区を攻撃する手段で今まで見たこともないような兵器を使って、その威力を実証できるというわけだ。侵攻作戦が行われた場所が民間人だけしかいないような、戦闘とは無縁の場所だったのもそれが狙いだったのではないかと言われているほど。

しかしアメリカがその背後に立っているため、イスラエルは批判されるだけで政治的・経済的な制裁を受けること無く悠々としている。これだけで悪と語れるなら話は簡単ですが、ここでこれまでにない新兵器を開発したことを宣伝するイスラエルの製品を見て、各国の軍にすれば今後の対策を練ることも踏まえて購入する事も視野に入れなくてはならないだろう。この時代、ただ大国間だけの軍事力だけに備えていれば良い時代ではない、ISISのような武装集団が巨大化して国内部で派手に立ちまわるなど国際情勢を乱す問題に発展している点から言えば、軍事産業を縮小するなどという考え方はどの国もないだろう。

戦争を題材にした作品

金と戦争

戦争や紛争、それが引き起こされる原因には様々な要因がある。その大半が常に金と権力の2つだ、これを切り離して考えることは出来ず、目的も常に一点となっている。戦争を肯定しない、しかし将来的な面から来たる脅威から身を守るためにも軍事力を強化しなければならない、これまでの日本とは無縁だった世界の軍事力はこんな状態に苛まれていたのだろう。ただイスラエルとパレスチナの場合、ここに民族間の対立という要素が加わるだけで事態は悪化して、子供だろうとなんだろうと蹂躙されてしまう。

イスラエルという国の暴走は今に始まったわけではない、ただそれがすでに目に余るどころの展開ではなくなってきているのです。

映画から見る、超軍事国家イスラエルの狂気性を考察

オオカミは嘘をつく、という映画作品をご存知だろうか。実の娘を殺された父親の怒りが犯人と思しき人間へと向ける狂気が、これでもかと表現されている内容だ。この映画は中東でも過激な国情を持つ『イスラエル』国内で制作された作品となっている。映画から見るイスラエルという国の事情、かつて聖地も存在していたはずの国で何が起きているのかを、このサイトで独自考察していく。

衝撃のドキュメンタリー